1. HOME
  2. メディア
  3. 学校便り
  4. 校長ブログ~東日本大震災から15年~

school-news-a1330 校長ブログ~東日本大震災から15年~

ページタイトル
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
校長ブログ~東日本大震災から15年~
2011年3月11日の東日本大震災の発生から、今日で15年になります。
 東日本各地を襲った大きな地震と巨大な津波、そして火災などによって、東北地方を中心とする12都道府県で2万2,332人の死者・行方不明者が出ました。
 さらに、東京電力福島第一原子力発電所では深刻な原子力事故も起きました。これは1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故以来と言われる大きな事故となり、今も廃炉に向けた作業が続けられていますが、気の遠くなるような年月がかかる見込みです。

 この震災では、住民を守るために活動していた人たちも命を落としています。消防団員198人、警察官30人、消防職員27人などです。
 こうした人たちは「殉職者」と呼ばれます。人の命を守る仕事の中で亡くなった人たちです。
例えば、殉職した警察官の母親は、「卑怯者と言われたっていい。逃げて、生きていてほしかった」と語っています。この言葉には、親としての深い悲しみが込められています。どんな理由があっても、わが子にはまず生きていてほしかった。それが母親としての願いだったのです。
 また、当時の宮城県警本部長は、その後も自分に問い続けているそうです。「海岸線から一斉に撤収せよ」という命令を出すべきだったのではないか。そうすれば、殉職した警察官の命を守れたのではないか。多くの住民の命と、現場で働く警察官の命という狭間での判断は、想像を超える苦渋があったと思います。
 一方で、津波にのまれかけながらも助かった警察官は、「仮に撤収命令が出ても、目の前に住民が残っている限り、逃げることはできない」と語っています。目の前に助けを求める人がいるとき、「自分だけ助かろうとは思えなかった」というのが、現場にいた人たちの思いだったのかもしれません。
 仏教では「利他」という言葉があります。自分のためだけではなく、他の人のために行動することです。そして仏教は、「いのち」をかけがえのないものとして大切に考えます。今回の震災の中で、多くの人が自分の危険を顧みず、他の人の命を守ろうとしました。そこには、言葉では説明しきれない人間の強さや優しさがあったのだと思います。
 震災から15年。私たちはこの出来事を、単なる「過去の災害」として忘れてはいけないと思います。人の命を守ろうとして殉職された人たちがいたことに思いを寄せ、そして、命の尊さをあらためて心に刻むべきと思います。
 亡くなられたすべての方々に、心から哀悼の意を表します。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加